[2018/08/08]レノクラ

追いかけることに天賦の才があるレノさん / レノクラ / 文庫ページメーカー

 鼻が利くとよく言われるが、それは多分違うと自分では思っている。経験から逃げるものがどこに行きそうなのかだいたいわかるし、研修時代に唯一面白かった行動分析学をちょっとだけかじった結果、追いかけている相手がたどりそうな道筋が自然と解るようになった、それだけである。そう説明しても結局は「それを世間では鼻が利くと言うんだ」と言われてしまったが。
 日が落ちて久しい新興都市の路地裏を抜け、レノはその己にだけ見えている「道筋」をたどっていた。獲物というには少々意味合いが異なるがほとんどそれに近い今回の対象の足取りは、レノにとっては手に取るように解った。
 そう、鼻が利くわけではないのだ。単純に、経験と少しの知識に基づき編み出した確実な方法を使っているだけだ。そしてレノは、今回も猟犬のごとく急がず慌てず、しかし素早く相手の後を追い、やがて探していたものにあっさりとたどり着いた。
「——お、みっけ。さすがオレだぞ、と」
 わざと声を出してやれば、びくりと大きくその白い肩が震えた。縮こまっていた身体は薄汚れ、顔には恐怖の表情が張り付いているものの、その姿はレノが探していたものに違いなかった。
「こんなところで何してんだよと。迷子か」
 誰も入ってこないような路地裏のその炭、酷く濃い血のにおいをまとわりつかせながら、彼は——クラウドは、おびえきった瞳でレノを見上げる。
「何後始末の前にいなくなってんだよ。おかげでオレ一人で頑張る羽目になっただろうが」
「……」
「……何か言えよ、と。それとも、無理矢理言わされたいか」
 すると、クラウドは「ひっ」と情けない声を出すとさらに小さく縮こまってしまった。がたがたと震える様子は、明らかに言葉が通じるようなそれではない。またどこか行っちまってんなあと溜息を吐くと、咥えていた煙草を地面に落として踏み消す。
 ——たまにあるのだ、こういうことが。
 頭の中で何がどう繋がっているのかは知らないが、クラウドはまれに言葉の通じない獣になる。もちろん完全に四つ足のそれになるわけではない。だが、頭の中はそれに近いものになる。さっきまで二人がやっていたような血なまぐさい仕事の時には特に、だ。
「あー、もう、こりゃすげえな。お前よく生きてるよ」
 そしてそのスイッチはクラウドの負傷だった。生存本能か何か知らなが、軽くない怪我をしたときにクラウドの頭の中からは理性がじわじわと溶けていくらしい。かつて彼らがやり合ったときにはそんなことはなかったような記憶があるから、最近そうなってしまったのだろうが、今回もまたレノが嫌がる身体を押さえつけて無理矢理めくった服の下には、真っ赤な血を流す銃創が二つ口を開けていた。
「背中に抜けてんな? よし」
「ッ、——ッうぅ、や、」
「よーしよしよしわかった、わかったから大人しくしろ」
 暴れる体を足も使って器用に押さえつけてしまうと、レノは手早くエリクサーのフタを口で開け、まず自らの口に含む。そして相手の顎を掴むと壁に押しつけ、そのまま唇を塞いだ。
「んッ」
 口の端から飲みきれなかった分がこぼれたが、普通に飲ませようとするとそもそも飲まないか全部こぼすからそれよりはマシだ。瓶の中身が空になる頃には、ようやく体力が尽きたのか抵抗もなくなり、ぐったりと目を瞑るだけになった。
「ったく」
 レノは瓶を仕舞うと、力の抜けた身体を担ぎ上げる。
「ルードん時は普通なのに、何でオレん時だけこうなるかね」
 相変わらず重いし、なんて悪態を吐くその口は、ほんの少しだけ上がっていた。

三度の飯が好き

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