本編中片想い / リブクラ / 文庫ページメーカー
「はい、次もう一回やりましょ。今度は違うシナリオで」
灯りの満ちた室内に、ぱんぱんと乾いた音が響く。その手に合わせて、模型の中を縦横無尽に歩き回っていた人形達が、わらわらとまた定位置に戻り始めた。
別に大量のおもちゃを電動で動かしているわけではない。これはすべて、リーブの異能の力で仮初めの命を与えられ、自律で動いているものだった。
力のことを知っている人間は最小限にするべきだというのが、神羅カンパニーに勤めて得た「足下を掬われないための秘訣」だ。少なくともリーブはそう思っていた。だからこうして、定期的に実施している避難経路の確認は、いつもリーブが一人でやっていた。問題点の洗い出しをするだけで、別にこの後会議があるから一人でも問題はない——のだが、自分が作り上げた模型と人形を相手に喋る人間というのはなかなか味のある画に違いない。
「さて、みなさんいいですか? 準備できました?」
リーブの声に、あるものは公園に、あるものは駅に、そしてあるものは精巧に作られた家の中でくつろぎながら、リーブの言葉に反応して手を振る。声帯は持たせていないからただのジェスチャーで、各々の準備が完了したことを伝える人形を見て、リーブは満足げにうなずいた。
「ほないきまっせ」
次のシナリオは武装組織がミッドガルの特定の場所を襲撃したときの避難経路だ。手元の機器を操作し、市街地の駅に武装組織用のホログラムを投影する。
「……」
リーブはふと思い立って、そのうちの一体のホログラムを操作しビジュアルと属性を変えてみた。マスクではなく素顔、そして金髪のつんつんとした頭、そしてアサルトライフルを近接系の武器に置換すれば、そこには金髪のソルジャーが——遠目に見たらクラウドと寸分違わぬ姿が投影される。
「……せやね、ソルジャー辞めた人がね、来るかもしれんからね」
何をしとるんじゃという人形達の視線に、リーブはそう言い訳がましく呟き、チョコボのストラップがついたボールペンを取る。
自分でも正直何をやっているのかわからない。だが、最近どうもおかしいのだ。クラウドのことが気になってしょうがない。スパイとして潜り込んでいるから当然であるという見方もできるが、それだけではない。今何をしているのだろうとか、今日はちゃんと眠れているのだろうかとか、怪我をしていないかとか、そればっかりが気になっている。お陰で空き時間はずっとケットの視界を借りっぱなしだ。
何に惹かれているのかはわからない。
ただ、リーブは、ケット・シーの身体を借りてではなく、リーブ・トゥエスティとして、クラウドに認識されたいと願っていることは解っていた。
「——あー、もう、あかんあかん。続きやりましょ」
無意識のうちに操作してしまっていたのか、じっとリーブのことを見上げていたそのホログラムに前を向かせる。
「ほな、やりますよ。はじめ」
街が一斉に動き出す。かたかたという人形達の軽い足音に混じって、人形達の悲鳴や叫び声が聞こえてくるかのようだ。わずかに想定していた動きから綻びが生まれ、じわじわと避難が遅れていく。
だが、リーブの視線は先ほど作ったホログラムから動かせないまま、じっとその背中を追っていたのだった。