[2018/07/19]バツクラ

あなたとごはんを:クラウドちゃん視点 / バツクラ / 文庫ページメーカー

 押し慣れて久しいブザーを押してしばらく、ドアの向こうから聞き慣れて久しい足音が聞こえる。扉の前に気配が来てから数瞬置いて、がちゃりと開いたその先から、鳶色の頭がひょっこりと出てきた。
「おー、早かったじゃん」
「早めに終わったんだ。これ安かったから買ってきた」
 手に持った紙袋を渡すと、彼はふんふんと中を覗く。
「そうだなあ、挽き肉かあ」
「あれ食べたい。スープ」
 挽き肉が目に留まったときから思い描いていたメニューを言ったら、家主——バッツはにっと笑った。
「挽き肉そのまま突っ込んだやつ? いいぜー」
 来いよ、と手招きをされ中に入り、玄関先でブーツを脱ぐ。ぺたぺたと先を歩いていく足音を追いかけ、もはや馴染みとなって久しい部屋に上がり込んだ。

 個人営業のバイク便と普通の大学生が知り合ったのは数ヶ月ほど前、クラウドが最後の客へ配達しに行ったときのことである。相手の都合で配達希望時間が遅くなり、結果として夜遅くになるというのはいつものことだ。そのあたりの都合をつけやすいのがストライフデリバリーサービスの強みでもある。
 だがその日は少しばかり展開が違った。クライアントのビルを出た途端、横から突っ込んできた何者かに文字通りぶつかられたのだ。
 自慢ではないししたくもないが、運の悪さには自信がある。そのぶつかってきた人には所謂柄の悪い人たちというおまけがついていて、その人たちとは一悶着どころか二悶着もあった。ただその後の紆余曲折で、ぶつかってきた弾丸野郎——バッツとは、こうして晩ご飯を作ってもらう仲になった。これもまた自慢ではないがクラウドは料理がからきし駄目だ。
 コンビニ弁当に慣れた舌には、バッツが作ってくれるまかない飯はとても染みた。さらに、あまり友人というものが作れなかったクラウドにとっては、初めての気の置けない、一緒にいて実に居心地のよい人間でもあった。

 食後の皿洗いはクラウドの仕事である。最初は断られてしまったのだが、さすがに食事を作ってくれた人間に後始末を任せることはできないと押し切った。どこに何があるかわかるほどには慣れてしまった小さいキッチンで黙々と食器を洗っていると、突然後ろからバッツがひょこっと顔を出してきた。
「クラウド、明日何時くらい?」
「うまく行ったら今日と同じ時間」
 拭くからくれと差し出された手に次々食器を渡しつつ、クラウドは答える。
「遅くてもこの前よりは遅くならないと思う」
「そっか、了解。食いたいもん考えとけよ」
「わかった」
 そこまで答えて、はたと気づいた。
 そして気づいたことをそのまま口にした。
「……これ、恋人みたいだな」
「こっ、……うん、そうだなあ」
 バッツの手がやたら早くなった。そこまで張り切らなくていいのにと言ったら、「張り切ってないぞ!」と食い気味に返事をされた。
「ほら、なんだっけ、おまえいつも朝早いじゃん? だから早めに済ませようと思ってさ」
「ありがとう」
「いいっていいって。ホラ次くれ」
「待った、まだそれ洗ってないから」
 見当違いの食器に伸びたバッツの手を押しのける。
 そんなに早く帰りたい訳じゃないんだが——という心の声は、結局外には出ずじまいだった。

三度の飯が好き

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