あなたとごはんを:まだバツ->クラ / バツクラ / 文庫ページメーカー
ぴんぽん、と間の抜けた音がした。見ていたテレビをそのままに急いで玄関に向かってみると、ドアスコープの向こうには見知った金髪がふよふよと浮いている。
「おー、早かったじゃん」
「早めに終わったんだ。これ安かったから買ってきた」
ほら、と開けるなり渡された紙袋を受け取り中を見ると、中には割引のシールがついた挽き肉と野菜、そして惣菜がいくつかが入っている。どうやら今日はこれで作れということらしい。
「そうだなあ、挽き肉かあ」
「あれ食べたい。スープ」
「挽き肉そのままつっこんだやつ? いいぜー」
つくづくこいつは手が掛からないやつだ。
バッツはぺたぺたと台所に向かい、食材を持ってきた本人——クラウドも、そのごついブーツを脱ぎ終わったのかしばらくしてからついてくる。
控えめな足音が聞こえてくるたび、バッツの心臓はどきどきと、いつもよりも騒がしくなる。台所に袋をおいてがさがさと食材を取り出す間も、指がちょっとだけ震えてしまう。
もちろん気分が悪いとか怖いとか何らかの依存症であるとか、そういったことでは断じてない。
バッツ・クラウザーは、クラウド・ストライフに恋をしていた。
ごくごく普通の大学生とバイク便が出会ったのは数ヶ月ほど前、その日珍しく長丁場になったバイトが終わり、ちょっとだけ治安の悪い道を歩く羽目になった。普段は何事もないのだが、運悪くバッツは悪い大人達に絡まれて、所謂追いかけっこをすることになったのだ。
自慢ではないが足には自信がある。いつもなら簡単に撒いていた。だがその時さらに運悪く、バッツはビルから出てきた人間に気づかずぶつかるという失態を犯した。
その後追いつかれて一悶着二悶着あり、さらに紆余曲折あって、バッツはそのぶつかってしまった人間——クラウドと、こうして晩ご飯を部屋で一緒に食べる仲になった。料理がからきし駄目らしいクラウドは、他の人に作ってもらったご飯なら何でもおいしいと言ってくれる質のようで、バッツのまかないでもおいしいおいしいと言って食べてくれた。バッツも今までの気ままな一人暮らしに、さらに気ままな常連が居着き、漠然と感じていた寂しさがみるみるうちに埋まっていった。
そしてある日唐突に自覚した。唐突と言っても、悪友に言われて自覚したようなものだが——ともかく、バッツはクラウドのことが好きだった。
「——おいしい」
「そりゃよかった」
どんどん食えたんと食え、とバッツは向かいでもりもり食べていくクラウドを見る。薄く色づいた唇がスプーンを挟み、咀嚼し、そして飲み下す様は、自覚するまでは何の感慨もなかったが、今となってはとんだ視覚の暴力だ。よからぬ妄想をしてしまいそうになるのをぐっとこらえながら、バッツは自分の分を平らげることに集中する。
「やっぱりあんたのご飯好きだ」
「マジで? いやー飲食バイトした甲斐があったぜ」
「明日も食べに来ていいか」
「いいに決まってんじゃん。好きなもん買ってこいよ」
やった、なんて年の割に幼い笑顔を浮かべるクラウドに一瞬目が釘付けになった。本当にこいつは、こっちの気も知らないで、ほいほいと無防備な顔を浮かべてくれる。
「……あー、もう」
「ん?」
「我ながらうまいなあって」
こぼれた独り言を慌てて修正する。
本当は好きだって言いたいんだけどな、などと考えながら、バッツはただひたすらに、味のしない食事を胃の中にぶちこむことに専念するのだった。