ヒグマとオオカミ:予防接種 / リブクラ / 文庫ページメーカー
「クラウド、クラウドさん、大丈夫ですよ」
「ヴフッ、フッ、ゥゥゥ」
「私にしがみついて良いですから。ほら、いらっしゃい」
耳を伏せ、歯を剥き出しにしながら縮こまっていた部屋の隅から、クラウドは縋るようにリーブに抱きついてきた。歯の根も根も合わないほどに震えている身体を抱きしめ、背中を撫でてやるが、落ち着く様子はない。
——おかしい。いつものクラウドではない。
リーブは直感した。信頼の置けない人が来たらそうしようと二人で決めたそれではない。本気で怯え、怖がっている。それにこの医者は、クラウドが言葉を理解し、話せると知っている、数少ない信頼できる人間だ。喋れないと偽る必要はないとクラウドも知っているのに、さっきから言葉を話せていない。かつて『忘れていた』ときのように。
「一回だけでおしまいですから」
「グゥゥゥ、ゥゥゥ、……ヴゥゥ」
「それじゃ、腕だけこっちね。ごめんねー」
「ワゥゥゥゥ!! ワゥッ、ゥウウ!!」
「よしよしよし、大丈夫、大丈夫やから」
壁に押しつけられ医者に腕を取られた瞬間、クラウドはいっそう声を上げた。もがこうとするが、医者とリーブが抑えつけているせいでふりほどくまでには至らなかったようだ。その間に手早く医者が針を埋める。
「——ッッ!!」
瞬間、クラウドが上げた声は悲痛そのものだった。
リーブと壁に挟まれた身体が強張ったのがわかった。医者が処置を終えるまで硬直は続き、医者から「もういいよ」と言われてリーブの力が緩んだ瞬間、クラウドはもがいて腕の中から抜け出した。そのまま再び部屋の隅にうずくまると、耳を伏せ、しっぽを巻き込んでしまう。
「ヴフッ、ヴフッ、……ゥゥ、フーッ」
相変わらず言葉は話せていない。せめて撫でて落ち着かせることはできないかと手を伸ばしたが、それすらも激しい威嚇で拒まれた。
「……こりゃあ、嫌われちゃったかね」
医者の一言に、リーブはただ「わかりません」と答えることしかできなかった。